この子はとっても慎重な子?

 昭和52年12月に生まれた娘は、育児書通りにほぼ成長していったと思う。確かに、ハイハイの速度はゆっくりしていたし、初めて一人で歩いたのは1歳2ヶ月を過ぎていた。だが、私は特別気にはしていなかった。

 ただ、生後一ヶ月の乳児検診の時、寝かせた状態から両手を持って上半身を引き上げた時の首の着きが悪かったと思う。また、母乳の出が悪かった為粉ミルクを併用していたが、あまり飲まず、体重の増加が平均値の7割くらいだった。
 医師と相談の結果、とりあえず血液検査等をすることになり、それから月に一度の病院通いが始まった。通院は一年以上続いたが、経過ははかばかしくなく、なんとなく中断してしまった。それがなんらかの病気と関係があるとは、その時は疑ってもいなかった。

 それからしばらく経って、気になる症状を感じ始めた。時期を同じくして保健所での集団健診があり、そのことを、つまり、走れない、少々の高さからも飛び降りることができない旨を、医師と保健婦さんに相談してみた。すると保健婦さんは娘に走るよう指示した。一生懸命走ってもまるで競歩をしているかのように見える娘を見て、
「この子は慎重なだけよ。いまに走れるようになるから大丈夫」
と言った。

 その後、家の近くの大学病院でも診察を受けた。
 そのころ娘は保育園に通っていた。当然他の園児とは運動能力に差がある。運動会でも保育士の援助を受け、プログラムをこなしていた。園長先生も心配してくださり、大学病院へ行くことになったのである。
 病院へ行ったのはよいが、何科を受診してよいのか困った。受付で症状を説明し、お定まりの整形外科で、お定まりの血液検査、レントゲン撮影等を行ったが、病名はわからず、担当した医師も首を傾げるのみだった。

 それほどミオパチーはマイナーだったのである。
 娘の病名が診断されるまで、これからまだ数年かかることになる。('05.10.01)

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