宇宙人に誘拐される―さらに恐怖の筋生検―

 筋電図で文字通り痛い目に会った私は、その後の検査に疑心暗鬼になりました。しかし、筋生検という検査をする日は、それだけではない何かいやな予感がしていたのです。
 検査に行くとき、母は私の肩から青と白とグレーのストライプ柄のタオルケットを被せました。それは足まですっぽり包み込む大きさで、人間てるてる坊主のできあがりです。1月の寒い時とはいえ、普段はパジャマ一枚で病院内を遊びまわっていたので、そのタオルケットが私に違和感を与えたのかもしれません。

 母に手を引かれて病院の玄関まで来たとき、私は足を止め、病室に戻りたいと言い出しました。それまでの検査はいつも病室と同じ病棟で行われ、外に出たことなどなかったから、不安になったのです。母は「痛いことはしないから大丈夫」と私を説得し、というよりは騙し、半信半疑の私は「おんぶしてあげる」という甘い言葉に乗せられ、タオルケットにくるまったまま、母の背中におぶさりました。

 道路を横切り、向かいの建物に入ると、そこはがらんとしてとても静かでした。
 ますます不安を募らせた私は「帰りたい」と小声で繰り返しましたが、母はどんどん廊下を進んでいきました。
 やがて前方に妙な女の人たちが現れて、私の不安は確信に変わりました。

 その人たちはいつもの看護婦さんとちがってシャワーキャップのような変な帽子と、見たことのない服を着て私たちに迫ってきました。彼らはまるで宇宙人のようでした。
 私はいよいよ声をあげて泣きわめきました。

 宇宙人たちは私を母から引き離そうとします。私は母の首に必死でしがみつきました。しかしあっという間に離されてしまったので、今度は今は母の手にあるタオルケットのはしを掴みました。
 青と白とグレーが交錯する中、私は抵抗空しく、そのままライトが眩しい未知の部屋へ連れていかれました。

 暴れる私に宇宙人1号が、「ほら、この匂い嗅いでごらん。いい匂いがするわよ」と言って、パイナップルのシールが貼られた黒いゴム製の、酸素ボンベのようなマスクを渡してきました。それを受け取った私は、宇宙人1号めがけて投げつけてやりました!…とまあそのつもりでしたが、あえなくマスクは自分の横たわっているベッドの上に力なく落ちました。
 1号がそれを拾い上げたとき、別の宇宙人2号が私の右腕に太い注射を打ち、私が「痛い」と思ったその次の瞬間、1号がさっきのパイナップルのマスクで私の口と鼻を覆いました。
 甘い匂いがする中、私の意識はそこで途切れてしまいました。

 注射は麻酔薬で、マスクはそれを促進するためのものだったのでしょう。
 筋生検とは、太ももを切って、そこから筋肉を取り出し調べる検査で、全身麻酔の手術を要するものだったのです。

 宇宙人に拉致されたという人が口をそろえて言うように、私もあの部屋で何をされたかも、麻酔から目覚めたときのことも憶えておらず、次に残っている記憶は三針縫った傷を痛いと感じることもなく、何事もなかったかのように院内を遊びまわっている自分の姿です。
 看護婦さんに「もう歩き回って平気なの?脚は痛くないの?」と心配されるほど、元気でした。

 かえすがえすも惜しむらくは、あのパイナップルのマスクが宇宙人に当たらなかったこと。ですが、おとなしく言われた通りにパイナップルの匂いを嗅いでいれば、麻酔の注射もそれ程痛くなかったかもしれないと思うと、それはそれでもったいないことをしたと思います。

 その検査を最後に、私の検査入院は終わったのでした。
(2005.10.26)

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